【FIREの日常】#4 生活の変化 その2

今回は前回からの続き。FIREな生活をはじめて受動的(周囲が変わったこと)に変化したことを書きます。

まず、参加するコミュニティーが大きく変わりました。これは住む場所も仕事も変わるので、当然と言えば当然のことなのですが、何が起こるのか、とか何を意味するのかを分かっていませんでした。

勤め人をしていた時は職場、取引先などの仕事関連や趣味のスキューバダイビング、大学院の同級生など様々なコミュニティーに参加していました。しかし、今振り返るとこれらのコミュニティーは仕事を辞めて東京を離れるとほぼ自動的に疎遠になってしまう(コミュニティから離脱する)性質があり、一度出てしまうと以前のポジションに戻ることが難しいもののようです。実際、(私だけなのかもしれませんが…)勤め人の当時と変わらず連絡を取りあっている人は5人程度で、それも数か月に1度の生存確認(?)があるだけです。見方によると、一斉に知り合いや友達が減った、寂しい状況なのかもしれません。

それでも、新しい場所で新しいコミュニティーへの移行がスムーズにできれば、寂しい期間も短くてすみますが、私のように移住先が縁もゆかりも無い土地だとそれもままなりません。移住当初は1週間くらい誰とも会話をしないこともありました。

これは私見であり実感ですが、移住などで否応なく発生するコミュニティー移行期間中の孤独な時間は、すべての人に多かれ少なかれ起こりうる試練だと思います。そして孤独な時間を短くするためには、結局自分から色々なコミュニティーに近づくしかなく、行動の分だけコミュニティーの範囲は広がります。私もそうでした。これから見知らぬ土地への移住を考えている人の参考になればと思います。

次に、受動で変わったものは親や親戚との距離感です。コミュニティーに似ていますが、これはやはり距離感と表現する方が分かりやすいと思います。勤め人のころは忙しいことを理由に親戚だけじゃなく親とも会う機会は少なかったのですが、移住を機に疎遠にしていた人たちからのコンタクト回数が増え、距離感が詰まった気がしています。

持論ですが、もしかすると人にはそれぞれ参加できるコミュニティーの数に上限があるのかもしれません。と言うのも、どこかのコミュニティーと濃密な関係を築くと、他のコミュニティーと疎遠になったり、どこかのコミュニティーが疎遠になれば他のコミュニティーがその穴を埋めたりと、年齢を重ねても同じだけ増えていくことはなく、何故か一定程度を保っているような気がします。

恐らく、同じようなことを「友達の数」などで表現し研究しているものもあるかもしれませんが、私のイメージとして1対1(友達)の関係性よりも1対多数(集団・コミュニティー)の方がしっくりくるので、ここではコミュニティーで統一しました。このような研究は社会学の分野になると思うので、これから勉強してみます。。。

そして、完全に余談ですが思いついたので…、

このコミュニティーには、SNSなどのフォロワーも入ると思うのですが、これって凄いですよね。住む場所や仕事を変えても、決して変わらない発信者個人に付いているコミュニティ。これがあれば移住しても、孤独な期間も無いですよね。

ただ、発信者がこのコミュニティーから離脱したくなったら、どうすればいいんだろう。発信を辞めたら自動的に消滅するのかな。それとも個人と同一のコミュニティーだから絶対に離脱できないのかな。それは怖いなぁ。。。