雑感:想いと行動

先日、とある人との会話の中で、『ウクライナの人たちの心配も大事だけど、自分の家庭をもっと心配した方がいい日本人が多過ぎるのでは、、、』ってな会話になりました。この人が言いたかったことは、本当の世界平和は家庭内平和の延長にあって、たいした力にもなれない遠くの出来事を心配するより、まずは自分の家庭を幸せにすることから始めるべき、と言うことのようです。

確かに、古来中国では「先ず隗より始めよ(まずかいよりはじめよ)」なんて言葉があったり、日本では「千里の道も一歩から」ということわざがあるくらい、とりあえず何事も身近なことから始めるのが大事なようです。

ただ、この会話の中で私が感じたのが想いと行動のギャップでした。例えば、選挙が近づくとテレビや街中で候補者が自分や政党の「想い」を一生懸命語ります。『我々は国民が健康的で希望に満ちた生活を送ることを支援したい』とか、『誰一人取り残さない政治を目指したい』などなど、素晴らしい言葉が並びます。でも、国民全員の実生活がそれほど明るくて希望に満ち溢れていないことは誰もが知る事実です。つまり、想いはあるけれども行動が伴っていないので、結局何も変わっていないように感じます。

また、行動が伴っていない企業なんかもよく見受けられます。企業理念では社会や従業員の幸福を謳っていても、コンプライアンス違反やセクハラ・パワハラでニュースになっている企業が後を絶ちません。これも、想いはあるのかもしれませんが、行動は真逆の方向にむかっている例なんだと思います。

一方、想いのない行動は迷惑なだけで、下手をすれば犯罪行為にまで発展します。あおり運転やキレるのは、普段から「自分をイライラさせた人には衝動的に怒りをぶつけるべきだぁ」などという想いというか信念を持っていた訳でもなく、何かのきっかけで突然暴力的な行動を起こしてしまいます。だから質が悪いんです。想いのない行動は本人も周囲も予測できず、そこに正義もないので、みんなが不幸になります。

そして、両方ないのが酔っ払いのくだですね。上司の愚痴には信念と呼べるほどの大義もなく、『俺があいつ(上司のこと)に言ってやる!!』と言って実際に行動に移した人のことを聞いたことがありません。まぁ、社会に大きな迷惑を掛けていないという点では、上のパターンよりは全然可愛いものですが、エスカレートすると制御できないくらい飲み過ぎる人は要注意かもしれません。

このように考えると、想いと行動を一致させている人は尊敬に値するんだなぁと改めて感じました。

文句も言わず黙って行動する「不言実行」は、いざというとき信頼できる人で日本人の美徳を感じますが、「有言実行」はこれをもじって作られた言葉だけに、私はどこか現代的で西洋的なイメージを持っています。

どちらも素晴らしい人物には違いないですが、現代では有言実行で想いと行動を両立する人の方が人気があって、求められているのかなぁ、、、なんて感じた会話でした、