淡路島に移住してから丸3年が経ち、いよいよ4年目に突入しました。3年前の暮らしを思い出すと今の生活とは大違いで、すべてが様変わりしています。今回はあの当時のことを思い出しながら散文的に書いていきます。
今から思うとあの頃はDIYに追われていました。移住前は時間を持て余していたので、移住してから必要になる家具など諸々の設計図を作成して、工具などを買いそろえ、YouTubeで作業のイメージトレーニングを十分に積み、そして引っ越し。
着いたら毎日、外で木工作業をしていたような気がします。本棚、掃除用の収納棚、雨水タンクの設置、室内の人工芝貼り、薪棚、、、とにかく、憑りつかれた様に色々と作っていたような気がします。そして、それ以外のことはほとんど覚えていません(+_+)
まだ、行政書士の登録もせず、商工会など近隣の組織にも所属せず本物の根無し草状態。近所の人たちとのコミュニケーションもなく、平日の昼間から家の敷地内でゴソゴソしているだけのただただ怪しい人だったように思います。それでも、2ヶ月くらいすると、移住者同士での集まりに参加するようになり、少しずつ地域の情報も入ってくるようになりました。
今から思うと、この頃はかなり寂しくて孤独な生活を送っていたように思うのですが、、、まったく辛い記憶はないんです。恐らく、週5日は誰とも喋らない日々を送ってたはずなんですが、何故か寂しさは感じていない。。。性格なのか、何なのか。我がことながら呆れます。
このあと、家の庭に事務所開設の看板を立てたことで、近所の人たちから色々と声をかけてもらえるようになり、今では自治会メンバーとして活動するほどすっかり地元民として生活しています。そして商工会や地域のボランティア組織とのつながりが出来たことで人の輪がさらに広くなり、少し忙しいくらいになってきました。
いよいよ4年目。
恐らく、私の周辺では何かが大きく変わることは無いし、自らも変えるつもりも無いですが、それでもやりたいことは明確になってきました。
とりあえず、今住んでいる集落を知恵と工夫とテクノロジーでもっと住みやすくしてみたい、、、です。私個人としては「社会実験」をしているつもりで、100世帯ほどの小規模集落で何が出来るのかを追求してみたいと思っています。過疎地特有の医療不足や買い物難民の発生、そしてこれを何とかするために高齢者が免許証を返納しない、、、いわゆる高齢ドライバー問題は序の口で耕作放棄地の増加に伴い獣害も増え、若者(だけじゃないかも)はこの土地を離れ、農家だけじゃなく、あらゆる業種で跡継ぎがいない。。。こんな社会課題がてんこ盛りの地域でもやり方次第では都会とは違うベクトルの発展を目指せるんじゃないかと。
遠隔医療や自動運転タクシー、ドローンによる配達や農業法人の活用など、一つずつ試しながら地域課題の解決ができれば、とても面白いことになるような気がしています。
その行きつく先に「年寄りが住みたくなる街=終の棲家計画」があると思っています。いずれは私も年寄りになります。それまでに、「年寄りによる年寄りのための年寄りが楽しめる街」を作り上げて、シニアライフを満喫できないかと考えています。
そこに行けば誰かがいて喋ったりゲームしたりできる、、、そんな集会場所や、早朝から集まって体操などで体を動かす公園、老人向け少量バランス重視の食料品店や定食屋など、年寄りをターゲットにしたビジネスが集まる地域を作ってみたいです。
子育て世代向けの「駅近」「学校まで徒歩〇分」etcに対抗した年寄り向けの町。しかも、それを環境のいい田舎で実現する。
壮大な実験ですが、その分やりがいもありそうです(^-^)